読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自然に流れる

流れるままに記録して、それを遠くから眺めてみたいのです


妊娠と流産4-術後

術後、多少の出血はあったのものの

覚悟していた痛みはほとんどなく、いや、なかった。

ただ、薬を飲み始めて、すごい下痢と少しの頭痛におそわれた。

2日目も続くので、病院に電話をした。

すると、抗生物質のフロモックスを止めるよう指示される。

あとは飲むように言われた。

やはり、抗生物質が合わなかったらしい。

 

夫が会社を休んでいろいろと家事をやってくれたりしていたので、

無理もせず休んでいられた。

いつもはちょっとやり過ぎじゃない?と思っていたものだが、

この時はキレイ好きでマメな夫でよかった、助かった、

ありがたい!と思った。

 

精神的にも1人でいるより、夫がいる方が良かった。

1人になるとふと悲しくなるのだった。

夫はあまり考えさせないようにしてくれようとしたのか、

昔のゲームを引っぱり出してきた。

当時、腱鞘炎になりそうな程はまったゲームだ。

なのに、夫の方が強いのでムキになり、

お陰で少し気がまぎれた。

 

薬は3日分は飲んだが、何となく後の2日分は飲まずに捨てた。

特にその後どうという事もなかった。

 

連休中に、水子供養をしているお寺へお参りした。

何かお地蔵さんを購入とか、特別な事もしなかった。

でも、お参りして心が少し安らいだ気がする。

術後落ち着いてから、

家のコンテナに咲いているピンクのカーネーションをを摘んで

天国の子供へあげるつもりで飾った。

多分これから花を飾る時は、天国の子供を思いながら飾る。

 

その後、少しは出血しているものの、無事に過ぎ、

連休が入ったので、10日ぶりに病院へ行く。

また、プロープを入れてエコーを見る。

赤ちゃんもいないのに、気分は何とも言えず。

先生が、説明される。

「もう中はきれいになくなってるね。あと、

これが手術の引っ掻いた傷だけど、治るから」

と、たくさんの直線を指す。

それを見た時、子宮が傷だらけだったことに驚く。

子宮に申し訳ないというか、そんな気持ちになった。

今さらながら、手術をしてよかったのだろうか?

という気持ちにもなった。

でも、私はとても上手に手術してくださったと思っている。

痛みもなかったし、出血もだんだん減ってきた。

 

診察台から降りて説明を聞く。

「まあ、また出直しだね。来月の半ばには生理がくるでしょう、

2回きて、暮れぐらいから妊娠してもいいよ」

とおっしゃった。

すごい、どうして生理が来る時期が分かるのだろう?

と思ったが、聞かなかった。

そのかわり、

「プールと運動は大丈夫でしょうか?」

と聞いた。

安静にしていた時に、すごく運動がしたかったのだ。

いつもはほとんど運動していないのに。

 

「出血が茶色だったら大丈夫、普通になんでもしていいよ」

とおっしゃった。

「これでもう大丈夫だけど、また何かあったら来なさい」

ちょっとぶっきらぼうな言い方をする、おじいさんの先生だけど、

冷たいんじゃなく、気を遣って下さっているのがわかり、

感謝した。

 

2週間もすると、だいぶ精神も安定して、

普通に生活できるようになった。

今日で3週間目。

殆ど、流産前と変わらない生活になった。

昨日も夫や子供とプールに行ってたくさん泳いだ。

 

ただ、気持ちのありようが変わった。

身近な人を亡くした人の気持ち、

特に子供を失った人の気持ちに共鳴するようになった。

これは流産する前とは違う、想像する、察するというより、

「深いところで共鳴する」という感じ。

そして、普通の妊娠と出産がどんなに奇跡的な事かを知った。

 

子供を妊娠して出産した時、私はもう戻れない扉を開けた、と感じた。

それと同じく、また扉を開けたのだと思う。

 

稽留流産と知った時は、「何で、どうして?私が?」

と信じられなかった。

妊娠した人10人のうち1~2人の確率で流産は起きるという。

まさか、自分の身にそれが起ころうとは。

でも、流産をした人皆、そう感じているはずだ。

 

自分を責める必要はないと言われていたけれど、

子を受け入れる気持ちの準備ができていなかったせいだと、自分を責めた。

責めたところで何も戻らない。

 

妊娠をしたら流産する事もあり得ると身をもって知った今、

また子供を授かりたいかと聞かれたら、、、

流産を知った直後は自信がなかった。

でも今は、まだ少し恐怖心はあるけれど

また授かれるのなら、また来て欲しいという気持ちでいる。