自然に流れる

流れるままに記録して、それを遠くから眺めてみたいのです


風邪をひいて

風邪をひいて1週間経った。

みんなが心配してくれる。

 

甘えてずいぶんゆっくり休んだ。

でも休みすぎてやる気がおきない。

 

まだ風邪が残っているんだろうか。

それともやる気がないだけなんだろうか。

 

風邪もひいてゆっくりできたので、

借りていたミルトン・エリクソンの本が読めた。

朝起きられない子どもに効くかもしれないと考えている。

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暗示とか、催眠とか、

意外と知らないで下手に使っているんじゃないだろうか。

 

これを理解して上手く使えたら、

子どもが遅刻しないようになるかもしれない。

 

と思い、少々退屈なところに堪えながら2冊目を読み進めている。

子どものためならエンヤコラ。

 

2冊目を読んで少し理解ができるような気がしている。

そんな簡単なものではないとは思うけれど。

 

理解ができるようになったら、

やる気がでるように自分に暗示をかけてみたい。

自分を薄めると楽になる

主婦になり、出会う人達が少なくなると

考える事が濃くなり、悩むようになる。

 

この頃は出会う人達が多い。

お稽古の人達、PTAの人達、先生方、

生徒や働く場での人達、地域の会の方々…

だんだん、誰が何だか分からなくなるくらいたくさんの人と会う。

 

そうするとドロドロの自分がだんだん薄まっていくのを感じる。

自分はその中の一部となりなんでもなくなる気がしてくる。

 

これがいいのか悪いのかは別にして、

楽になる。

予定がたくさんあり、大変な気もするけれど

自分が薄まるのは楽である。

 

自分はもう何者でなくてもいいんだという気楽な気持ちになる。

そして、自分が少しできることを提供して関わるということを普通にする。

 

ああ、楽だ。

自分が自分が!って頑張らなくていいんだから。

 

あまりにも薄くなって空気にとけてしまいそうだ。

 

 

 

ほぼ元通り

 

嫌な事を嫌と伝えて、よそよそしい時間が過ぎて、

今はだいぶ元通り。

 

どうして本当の事を言うとよそよそしい空気になるんだろう。

こっちは別にもういいのに。

 

でも、しかたないかと思う。

そうしないと、自分が生きていくのに大変になる。

我慢していたら、もっと大変になる。

 

だから、少し変な空気になっても早めに言う方がいい。

 

子どもが幼稚園の頃、毎日叩かれていたのを

いつか子ども自身が解決するだろうと我慢していた。

でも解決しなかった。

 

なのでたたく子どもに何度か注意した。

でも解決しなかった。

 

しばらくしてもだめなようなので、

意を決して、その子の母親へ直に言いにいった。

 

何ヶ月も変わらなかったのに、すっぱりと

その子はたたかなくなった。

 

もっと早く母親に言うべきだった。

と、次から何かあるとすぐにその子の母親に言ってきた。

 

小学生で頭を殴られた時、中学生で高価なものをふざけて壊された時。

すぐに母親に言った。

 

先生や本人に言ったってダメである。

母親に言うことだ。

 

すごく緊張して、心臓がバクバクするけれど、

早い方がお互いのためだ。

解決したいなら、エスカレートさせたくないなら、

勇気を出してすぐその子の母親に言うことだ。

 

ドキドキするが、不思議と母親に言うとすぐに解決する。

 

…という体験から、今回も子どもの問題ではないが、早めに言った。

相手が嫌いとか、そういうんじゃない。

状況がエスカレートしたらお互い大変になるのだ。

 

嫌だ嫌だとがまんしてストレスをためていくと

いつか必ず、相手の気持ちを傷つけようとするだろう。

こんなに私は我慢したんだから当たり前だよね?と。

 

だから早く愉快ではないと表すのだ。

伝えないと分からない。

なぜなら、伝えなくても分かる人は不愉快なことをしてこないからだ。

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そして、不愉快なことをしてくる人はこちらが不愉快と言っても

こちらほどには気にしないから大丈夫。

 

こちらが伝えて初めてわかるのだから、

親切に早めに教えてあげよう、と思う。

 

それで、疎遠になればそれまた結構。

ということなんじゃないかと思う。

 

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お読みいただき、また、読者登録どうもありがとうございます!^^

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嫌だと示したその後の話

先日、言われて嫌だということを示したことを書いたが

昨日、今日とその相手に会った。

 

昨日は言い出した人に、示した後初めて会ったがそっけない態度でほぼ無視された。

 

ああ、こういう人だったのか、と。

 

私の勝手な予想ではいつものように

「ごめんね〜言い過ぎちゃって〜」

とか言ってくるのか、と思っていたが、まさかの無視。

 

いつも、

「言われて嫌だったら言ってよね〜こっちもわかんないからさ〜」とか

言っていたのに、いざ言われると不愉快なのかもしれない。

 

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じゃあ、言ってくれなどと言わなきゃいいのに。

容赦なく言うための保険なんだろうか。

なんかあった時、

「嫌だったら言ってっていつも言ってるから私には関係ないし」という。

 

まあ、いいやと、私は普通に接するよう心がけた。

 

しかし、いい気持ちはしない。

今まで親しく話していた人がぷいっとしているんだから。

 

私はまたもや違う嫌な気持ちになり、胃がきゅうっとなるのだった。

 

嫌だと示したラインのグループの他の人たちにも、今日会った。

その人達もあえてこちらの嫌だと示した事には触れることなく、

少し緊張感はあったものの何もなかったように接していた。

 

そのことに触れると私が嫌な気持ちになるだろうからという

思いやりなのかもしれないが。

  

ただ、いつも出てくる「○○る」とか、そういう言葉は消えていた。

 

習い事にはたくさん人がいて、そのライングループ以外の人は

今回の事を知らない。その人達は私に嫌な事を言わないからだ。

私はその人達と話すようにした。

 

言い出した人は必要な事以外はしゃべってこなかったが、

まあ、昨日よりは平気だった。

 

帰りにその人と二人になってしまい、

どうしようかと思ったが、その人は前のように

私のぼんやりしていたことをつっこむような事を言った。

 

彼女はどう接していいのかわからなかったのだ、と思った。

いつもいじって楽しんでいた相手から、急に嫌だと言われて

私とどう接していいのか分からなかったからぷいっとするしかなかったのだ。

 

そしてまたどのくらいなら平気なんだろうと

また軽度のいじりから始めたわけだ。

 

それが彼女の親しくする方法なんだろう。

程度を相手によって変えてはいるが。

 

今後どうなるかわからないが、

別に不愉快な事を言われなければそれでいい。

 

今回、またもや特別嫌な感情を味わうことができた。

胃がきゅうっと固くなり、相手を心の中で責めたてて、

自分をかわいそうがり、嫌なことを嫌と示したがまた別の嫌な感じを味わい、

ああ、もう嫌だ、習い事をやめてしまおうかと強く思った。

 

私はこのレアなこの感情を味わいつくした。

なんと濃いアトラクション!

 

習い事に行く途中で私は味わってただ味わっていたら

ふうーっと、抜けた。

アトラクションの出口だった。

 

今までなんだったの?という位、ぎゅうっとしていた感情すべてがなくなり

軽くなった。

 

また1つアトラクションを楽しんだという訳だ。

されて嫌なことは嫌だと示す

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習い事に行っている。ある人に

親しみをこめてだと思うが

ボケたことをすると私の名字を入れて

「○○る」と動詞化して言われていた。

 

そして、私だけでなく、他の仲間がボケたことをしても

私の名字をいれて、「○○る」と言うのが仲間の中でも定番化していた。

 

少し、イヤだな、と最初思った。

 

でもそれは悪気があるわけでなく、楽しい気分で皆そう言ってると

思っていたので、別にいいやと思っていた。

 

しかし、この頃、ボケたことをすることを病気や菌に例えるようになり、

名字を入れ、「○○菌が感染する」「○○ウイルスが」などと

悪ふざけ的なことを言うようになってきた。

 

さすがにいやな気分だった。

私だけでなく、私の家族も馬鹿にされている気分になってきた。

 

なので、また彼女が言い出す前にと思い、

ラインでそういうことは言わないでほしいと書いた。

 

言い出した人は謝ったけれど、悪気がなかった、と書いていた。

他の人も「気がつかずごめんなさい」、と。

 

わかっている。

悪気があったらもういじめだし。

 

父が言っていたのを思い出す。

 

「人はまず少しだけ攻撃して様子をみる。

それで何もやってこないとわかると、もっと攻撃する。

そしてどんどんエスカレートする」のだと。

 

今回のことはいじりであって、

いじめではないかもしれないけれど、

そういう段階をふんでいたと思う。

 

「○○る」と名字をいれて動詞化してきた時点で

不愉快だと示すべきだった。

 

だからもっとエスカレートしたんだなと。

 

その人が全員にへんないじり方をしているかというとそうではない。

何も言ってこないな、平気そうだな、という人にだけだ。

 

その人はその人の大事な友人の顔のある部分をネタに笑いとばしている。

笑われている人はできた人だと思う。それとも我慢しているんだろうか。

 

孫もいるのに中学生みたいなことをする大人がいるんだな、と思うと

うんざりする。

ただ、その人はいろいろと面倒見がいいので、感謝はしている。

 

人は100パーセント悪いということはない。だから、

その人の友人も許せているのだと思う。

 

まあ、大人だから関係が悪くなれば習い事をやめればいいわけだから気楽だけれど。

 

とにかく、不愉快なことを言われて不愉快ならちゃんと

嫌だと示すことだ。しかもなるべく早いうちに。

イライラアトラクション

ここのところ、イライラしている。

そう、物事は光の粒だって分かったというのに。

些細なことでイライラしている。

 

月のお客様の前なのか、でも

夫も些細なことでイライラすると言っていた。

何かイライラする空気が漂っているのかもしれない。

 

まあ、どうであれ、イライラしているわけだから。

こういう場合イライラしているとどんどんイライラすることを

引き寄せるもの。

 

だから、そのままにしないようにしている。

そこで良かった方法は、これ。

 

「ありがとう」と頭の中で唱える。

 

「ありがとう、ありがとう、ありがとう。。」

イライラがおさまるまで頭の中で言ってみたら

イライラを抜けた。

 

またすぐイライラするけど。

 

そして、前にも書いたけれど、

 

dewdropsonthegrasss.hatenablog.com

 いやなこともアトラクションだから。

 

ちょっと豪華なイライラアトラクション。

なかなかクリアできない。

 

クリアできないからもっとイライラしたりして、

更にイライラが盛り上がっている状態。

 

でも、いいのだ。

こんな胸くそ悪いイライラ味わえるものではない。

よくできているではないか!

 

ありがとうありがとうありがとうありがとうありがとう。。

 

呪文を唱えながら、アトラクションを進んでいる。

 

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ブレーキとアクセル


仕事が始まった。

アルバイトから少し昇格。

 

仕事内容が違うので、

1年見てきた感じと全然違う。

 

その時、そこのトップの方に

「見てきた景色と違うかい?」

と言われ、あまりの表現のピッタリさとタイミングに驚いた。

 

電話連絡等も初めてやって、

ものすごいドキドキを

「ドキドキがこっちまで伝わってきたよ」

と突っ込まれる始末で。

 

ある人に、「○○さんさあ、何考えてるかわかりやすいからね」

とか言われたばかりで、そんなにわかりやすいのかと冷や汗をかいた。

 

でも、わかりやすくても読まれやすくても別にいいじゃないかと

いう気がしてきた。

 

その時は読まれても別にそれがどうこうなるわけじゃないし。

ドキドキしたり、アップアップしたりしているな、

と思われてもそれがどうした?

 

人間だもの。ね。

 

完璧じゃない。

完璧ならいいかというとそうでもないし。

 

時々私は自分が自分でないような、

不思議な気持ちになる。

ゲームの中にいるような、

それで、もう一人ちょっと違う自分が操作しているような。

 

ゲームの中の自分は「え?これでいいの?」

と思っていて、操作する自分は

「これでよし」と決定ボタンを押してしまうみたいな感覚。

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さっきも、PTAのラインでトラブルの解決法を思いついて

文章を書いたのだが、

「どうしよう?こんなこと特にわざわざ提案しなくてもいいのかも」

と思い、少し躊躇した。

 

ところが、次の瞬間操作する自分は送信ボタンをポンと押してしまった。

というような。

 

あ、PTAといえば、役員決めで誰も手を挙げず、

私だっていやなのに、まるで操作する自分が

勝手に手を挙げさせたみたいな時が何度もあった。

 

おかしいんだろうか。

でも、そういう場面は日常的によくあり

先日だって、言わなくていいのに夫に余計な意見を言ってしまった。

おかげで、夫は怒り狂ったじゃないか。

 

ああ、ブレーキとアクセルのような関係。

「ちょっと待った!」とブレーキを踏もうとすると

勝手にアクセルの方が作動するみたいな。

 

アクセルを操作している自分は無茶なようだが、

この世界で小さくまとめようとするブレーキの自分をもっと

広い場所に連れて行くようだ。

 

PTAの役員になっていろいろな経験をしたし、

夫とはクリアな気持ちで接することができるようになった。

さっきのLINEでは完璧だが厳しい意見をくれる人のなかで

優しい意見をくれる人に感動した。

どちらもそれはそれで有り難いことだけれど。

 

アクセルはどんどん広い世界に私を連れて行く。

広い世界に出るにはいろんな引っかかりがでてくる。

 

でも、前にも書いたが、所詮この世は光のつぶつぶなんだから、

そう大げさにとらえなくてもいいのだ。