自然に流れる

流れるままに記録して、それを遠くから眺めてみたいのです


現実が上滑りしている

宙に浮かんだまま生きているのはそのまま。

現実で起こっていることが上滑りしている、

ゴーヤをスライスしている時に感じた。

 

何故毎日家事をするのか、

何故子供を育てるのか。。

そんなことは

 

何故生きているのか、というのと

同じ位考えても答えが出ない。

だからそういった類の事については考えない。

 

埃があるから掃除をして、

わが子に受験があるから勉強をやらせる。

 

毎日落ちてくる葉を掃除するお坊さんのように

きりがないからこそいいのだ、と言い聞かせて。

 

でも時々、そこに意味を見いだそうとしている

あきらめきれない自分がいるのも確かで。

そういう自分はおとなしくさせるようにしている。

 

上滑りの現実を感じている私を現実にいる人たちは

どう見ているんだろう。

ふと思ったけれど、まあ、考えてもどうしようもない。

 

目の前の事を行うだけ。