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自然に流れる

流れるままに記録して、それを遠くから眺めてみたいのです


アトラクション

先日、子供の部屋を掃除していて、

ふと「伊豆の踊り子」の本が目にとまり、そのまま最後まで読んでしまった。

ああ、なつかしい。

どうしても気になる真っ裸で手をふる場面。

いやあ、14歳だったのかあ。

そのお年頃は女風呂でも隠したかった気がするけどな。

20歳のよそのおにいさんにそれするか?と思ったけど、まあ、実際どうあれ

あっけらかんとした幼さを描いているんだろうから、いいか。

で、そういうツッコミを書きたかったんじゃなく、

けっきょく、このおにいさん、一緒にいる間はドキドキするだけで

踊り子たちと別れて船上でひとり涙を流すのだが、

これがせつない。おにいさんのせつない気持ちが伝わり、

泣きそうになった。いいねえ、文学。

で、私は思った。

ああ、お互い独身でも結ばれず、せつない気持ちになることもあるんだわね。と。

 

先に書いたママ友はお互い結婚しているから、せつない事になっていると思ったが、

お互いフリーであってもせつない恋はあったんだわね、

ということを思い出した。

なんだか今ぬるま湯すぎて忘れていた。

ということに自分で驚いた。

 

母船があるから自由に動きまわれるというか。

いつでも帰れるところがあるので

どこか、必死さがなく。

というような。

ダンナに感謝する。

一方で、いつでも別れる事ができる気がする。

お互いにそれがいいなら。

多分あんまり執着がないのでは。

そうなるんであればそうなってもいいや、っていうか。

いや、いざとなったら焦るかな。

わからないけどね。

もし別れたら、もうなんか、誰とも結婚したくない。

と思う。もういいや、っていうか。

いや、実際なってみないとわからないけどね。

 

ああ、そうだ。

最近気づいたことがある。

 

この人生は自分が作っているんじゃないか、

よく言われているようなことじゃなくて、

え〜と、自分が作り出した本というか、劇というか、

そういう創作物なんじゃないか、ってこと。

別次元で自分が作っている創作物中の人生。

この世界で会う人たちはそれぞれが大きな世界で創作した世界の人物で、

複雑にからみあっているというような気がする。

それぞれの登場人物を同時にいろんな世界にまぜている。。

うまく説明できないけれども。

この次元では説明つかないようなことが盛り込まれているのでは。

 

なんでも苦労せずできてしまう次元で、自分が体験したいことを

創作して楽しんでいるんでは、と思う。

ああ、苦労してみたいわ〜とか、うまくいかなくてへこんでみたいわ〜とか。

できないからこそそれを体験してみたいということか。

 

なんでもはうまくいかず、苦労し、たいへんな人生を体験する、なんていうか、

アトラクションをつくっちゃってるのかも。どこかの自分が。

とすると人生がバーチャルっていうのも理解できるし。

と、いう気が最近するのである。