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自然に流れる

流れるままに記録して、それを遠くから眺めてみたいのです


美しければ整形もありか

この前テレビでやっていた。

どこか忘れたが外国の整形病院の先生が

自分の奥さんを理想の女性にすべく、整形を何度も施した。

そしてとうとう完成、社交界に華々しくデビューした。

モテモテになった奥さんはそこで知り合った男性と浮き名を流し、、

結局、理想の整形をした先生であるダンナさんは事故で死亡、

好き勝手にやっていた奥さんには大きな遺産が入った。

という話だった。

なるほど、美しくなればモテモテになるのか。

と思った。

確かに、キレイな方がいいけどね。

人工的に作られた美だとしてもアリなんだろうか。

でも、平凡な生活からモテモテ生活になったという事は、

アリなのかも。[emoji:i-230]

昔は、整形に対してとても懐疑的だったけれど、

最近はそうでもない。

自分がしようとは思わないけど、

誰かがやるのを別に否定はしない。

キレイになれば気持ちも変わるだろうし、それが

結果的に自信になってモテモテになればそれはそれで

いいじゃないと思う。

女優さんとかなら加齢によるシワを取った方が見た目がいいと思うし、

見せるのが商売なのだから整形した方がいいだろう。

もちろんシワを取らずにカッコよく生きられたらそれもいいし。

人間は中身が大切!それは大前提。

だからといって外見はどうでもいいって事じゃない。

と、今は思う。

人間の中身が外に滲み出るのだから、外見がどんな風であろうと関係ない、と、

昔は思っていた。

出かける時はちゃんとしていたが、それは、

単に自分をよく見せたいからという気持ちが大きいだけで、

自分がそうありたいからではなかった。

部屋の掃除に対してもそうで、人が来る時にする掃除は

自分をよく見せたいからする行為みたいに思っていた。

なので、着飾ったり、来客前に大急ぎでする掃除は何だか

とりつくろっているような、卑怯な感じさえしていた。

最近はそういう考えが変わった。

自分をきれいにすると気分がいいからお洒落をする、

そして自分をキレイにしている事は見る人が心地よいと感じるだろうから、

相手を大切にする行為である。

という考え方になった。

掃除にも言える事で、汚くしている部屋に迎え入れるのよりも

きれいな部屋へ迎える方が相手に気持ちよいと感じてもらえる

だろうから、これも相手を大切にする行為である。

この考え方に変わったのは、妹が京都の料亭で結婚式の食事会をしたときだった。

初めて訪れる料亭というところにドキドキしたが、

来る客に不快な気持ちをもたせないよう、行き届いた掃除や

いけた花や料亭で働く方々のさりげない気の遣い様が素晴らしく、

もてなすとは、こういう、

相手を気遣う事と感じた。

とにかく、見なりをキレイにする事も、掃除も、自分も気持ちがいいが、

見る相手にも心地よいと感じられるという事も大切なんだと思う。[emoji:v-353]

だからといって、整形をしよう!って訳じゃないけれど、

自分なりにキレイにしようとする態度は必要だと感じている。