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自然に流れる

流れるままに記録して、それを遠くから眺めてみたいのです


褒め過ぎもダメ?

長谷川博一という人のしつけの本を読んで、
すごくよかったので
図書館の本を検索してこの人の関る本を読んでみた。

『<私>はなぜカウンセリングを受けたのか
「いい人やめた!」母と娘の挑戦』東ちづる 著
カウンセリング 長谷川博一

無理して生きてきたお母さんと東さんが、
カウンセリングによって
いろいろな拘りから自由になっていくというもので、
私は「え!?」
と驚いた。

このお母さんはできたお母さんで、いつもきちんとしており
東さんが何か良い事、賞をもらったり、良い点を取ったりした事などを
すごく褒めて育てたという。
でも、東さんはそれが苦痛だったらしい。
もっとよい子にならなきゃ、周りによく思われなきゃ
というプレッシャーが感じられたかららしい。

「え!?褒め過ぎたらダメ?」
と私は思ったのだった。
前回、「できた事を褒める」と学んで、実行していたが、
立ち止まり考えた。
褒める事自体は良い事だと思う。
自分がそうされて嬉しいと思うし。

もしや期待した褒め過ぎがいけないのか?と。

期待した褒め過ぎ、とは..
褒めて更に子供に頑張ってもらおう、
そして周りに良く見えるように育てたい、
ついでに私も褒められたら嬉しい、
自分の望む方向へ
褒めて褒めてどんどんやってもらおう。
というある意味洗脳に近い事になるのか?と。

ありのままの個性そのものを、
否定せず、無理に導かず
見守りながら、育てる..

...難しい。

でも、子供の頃、中学生位だったか、
親の無言の期待を背負っていたような気がする。
私も「いい子でいなくちゃ」と思っていた。
親がそうなってほしいと思う姿を子供は察する事ができる。
それに合わせようとして、時に苦しかった。
「歩いている時にごちゃごちゃ言わないで、
本当に危険な時だけ助けてくれて
またその後は見守り続けてくれればいいのに」
と思っていた。

親も人間。
思わず、こんな風になってほしいと思う方向へ
子供を誘導したくなるのは分かる。
今、私が陥りそうになっていた。

でも、子供は小さいけど、1個の存在。
口を出さないでいる忍耐も必要だな、と思う。
それで多少周りに変じゃない?と思われても
毅然としていられるような、態度。

ただ、周りに迷惑がかかる事は
ちゃんと注意しなくてはいけないし、
あいさつとか、そういう
生きていく社会のルールは教えなくてはいけない、と思う。
まあ無理矢理ではまたいけないかもしれないが。

それ以外の事で、勉強をしなくてはいけないよとか、
きれいに片付けなさいとか、
細かい事や、
周りにすご~いとか、言われそうな事は、
無理強いしないでいっか、と思う。

褒めるとき、計算しながら褒めるのはできるだけやめる。
子供の考え方を自分の良いとする方向へ誘導しないで
とにかく、見守り続けよう、と思う。
できるだけね。